M&Aの税金は「スキーム選択」で決まる
M&Aにかかる税金は、取引スキームによって大きく異なります。株式譲渡を選ぶか、事業譲渡を選ぶかで、売り手の手取り額が数千万円変わることも珍しくありません。
税務は後から変更できません。スキームを決定する段階で、税理士を交えた十分なシミュレーションが必須です。
株式譲渡の税務
売り手が個人の場合
株式を譲渡した個人オーナーには、譲渡所得税がかかります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 課税方式 | 申告分離課税 |
| 税率 | 所得税15.315%+住民税5%=20.315% |
| 計算式 | (譲渡価格 − 取得費 − 譲渡費用)× 20.315% |
具体例: 取得費100万円の株式を1億円で譲渡した場合
譲渡所得 = 1億円 − 100万円 = 9,900万円 税額 = 9,900万円 × 20.315% = 約2,011万円 手取り = 約7,989万円
分離課税のため、給与所得や事業所得とは合算されません。どれだけ高額で売却しても税率は一定の20.315%。この税率の低さが、個人オーナーにとって株式譲渡の最大のメリットです。
売り手が法人の場合
法人が株式を譲渡すると、譲渡益は法人の益金に算入され、通常の法人税等(実効税率約30〜34%)が課税されます。分離課税は適用されません。
さらに、法人から個人オーナーへ資金を移す際には、配当課税(最大約50%)や退職金課税が別途発生する点も見落とせません。
買い手の税務
株式譲渡の買い手には、取得段階での直接的な税負担はありません。ただし、のれんの償却ができないという大きなデメリットがあります。
株式譲渡では会社の「株式」を買っているため、仮に純資産以上のプレミアムを支払っても、その差額をのれんとして損金算入することはできません。この点が、事業譲渡との最大の違いです。
事業譲渡の税務
売り手の税務
事業譲渡では、譲渡した資産・負債の差額に課税されます。
売り手が法人の場合: 譲渡益に法人税等(実効税率約30〜34%)が課税されます。
売り手が個人事業主の場合: 譲渡所得として総合課税の対象となり、最大で所得税45%+住民税10%+復興特別所得税=**約55.945%**の税率が適用される可能性があります。
これは株式譲渡の20.315%と比較して極めて高い税率であり、個人事業主のM&Aでは法人化してから株式譲渡する方が有利なケースが多い理由です。
消費税の問題
事業譲渡では、一部の譲渡資産に消費税が課税されます。
| 資産の種類 | 消費税 |
|---|---|
| 棚卸資産 | 課税 |
| 機械設備 | 課税 |
| ソフトウェア | 課税 |
| のれん(営業権) | 課税 |
| 土地 | 非課税 |
| 有価証券 | 非課税 |
| 売掛金等の金銭債権 | 非課税 |
のれんに消費税がかかる点は実務上の盲点です。のれんが5,000万円であれば、消費税だけで500万円。この金額を誰が負担するか(売り手か買い手か)は、事前に合意しておく必要があります。
買い手の税務メリット:のれん償却
事業譲渡の買い手にとって最大の税務メリットが、のれんの償却です。
のれん(営業権)は税務上、5年間で均等償却できます。年間の償却額は損金に算入されるため、法人税の軽減効果があります。
具体例: 事業をのれん5,000万円で取得した場合
年間償却額 = 5,000万円 ÷ 5年 = 1,000万円 年間の法人税軽減額 = 1,000万円 × 30%(実効税率)= 約300万円 5年間の合計軽減額 = 約1,500万円
この節税効果は、買い手が事業譲渡を選択する大きな動機になります。
株式譲渡 vs 事業譲渡:税務比較の全体像
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 売り手(個人)の税率 | 約20.315%(分離課税) | 最大約55.945%(総合課税) |
| 売り手(法人)の税率 | 約30〜34%(法人税) | 約30〜34%(法人税) |
| 消費税 | なし | 一部資産に課税 |
| 買い手のれん償却 | 不可 | 5年間均等償却可 |
| 買い手の登録免許税 | なし | 不動産移転時に発生 |
| 買い手の不動産取得税 | なし | 不動産移転時に発生 |
売り手と買い手で税メリットが相反する
税務の観点から見ると、売り手と買い手の利害はしばしば対立します。
売り手(個人): 株式譲渡がベスト(税率20.315%) 買い手: 事業譲渡がベスト(のれん償却で節税可能)
この利害の不一致をどう調整するかが、スキーム設計の腕の見せどころ。実務では以下のようなアプローチが取られています。
- のれん償却の節税メリット分を譲渡価格に上乗せする: 買い手が事業譲渡で得られる節税メリットの一部を、譲渡価格の増額として売り手に還元する
- 会社分割+株式譲渡の併用: 事業を会社分割で新設法人に移し、その新設法人の株式を譲渡する。買い手は資産調整勘定としてのれん相当額を償却できる場合がある
- 退職金の活用: 売り手オーナーへの退職金支給で法人側の損金を計上しつつ、個人側の退職所得控除を活用する
まとめ
M&Aの税務は、株式譲渡と事業譲渡で構造が根本的に異なります。個人オーナーの売り手にとって株式譲渡は税率面で圧倒的に有利ですが、買い手にとってはのれん償却ができないデメリットがある。この売り手と買い手の利害対立を踏まえたうえで、全体最適のスキームを設計することが、M&A成功の鍵です。
税務判断はスキーム確定後の変更が効きません。LOI締結前の段階で税理士に相談し、複数パターンのシミュレーションを行うことを強く推奨します。