建設業M&A市場が拡大している背景
建設業界でM&Aが急増している。帝国データバンクの2025年調査によると、建設業の後継者不在率は57.3%で全業種中ワースト。2018年のピーク時71.4%からは改善傾向にあるものの、依然として半数以上の建設会社に後継者がいない。
背景には3つの構造的な問題がある。
1つ目は経営者の高齢化。建設業就業者のうち55歳以上が約37%を占め、29歳以下は約12%にとどまる。10年後にはベテラン層の大半が引退する計算になり、会社の存続そのものが危うくなる企業が続出する。
2つ目は2024年問題。2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用された。人手が足りない現場に労働時間の制約が加わり、小規模事業者ほど工期の調整や人繰りに苦しんでいる。単独での生き残りが厳しいと判断し、大手グループへの参画を選ぶ経営者が増えた。
3つ目は公共投資の拡大。防災・減災対策やインフラ老朽化への対応で、建設需要そのものは堅調に推移している。需要はあるのに人がいない。この需給ギャップを埋める手段として、M&Aによる人材・技術の獲得が注目されている。
2024年の事業承継・引継ぎ支援センターのデータでは、建設業のM&A成約件数は261件で全体の12.2%を占めた。成長戦略を目的とした若手経営者によるグループ入りの事例も増えており、「後ろ向きの承継」だけでなく「攻めのM&A」としての認知も広がっている。
建設業許可の引継ぎが最大の関門
建設業のM&Aで避けて通れないのが、建設業許可の取り扱いだ。許可がなければ500万円以上の工事を請け負えず、買収しても事業を継続できない。
スキームによって許可の扱いが異なる。
株式譲渡の場合、法人格はそのまま存続する。経営者が変わっても会社自体は同一法人なので、建設業許可は原則として維持される。役員変更届の提出は必要だが、許可の再取得は不要。これが建設業M&Aで株式譲渡が選ばれやすい最大の理由になっている。
事業譲渡の場合は事情が異なる。事業譲渡では法人格ごと移転するわけではないため、建設業許可は買い手に自動的には承継されない。買い手側で新たに許可を取得する必要があった。
ただし、令和2年10月の建設業法改正で状況が変わった。事業譲渡であっても、全事業を一括で譲渡する場合に限り、事前に許可行政庁へ認可申請を行うことで、建設業許可を承継できる制度が創設された。合併や会社分割にも同様の承継制度が適用される。
注意点として、事前認可の申請から許可までには一定の審査期間がかかる。クロージング日から逆算して、余裕を持ったスケジュール設計が求められる。申請が間に合わなければ、許可の空白期間が生じて工事を受注できなくなるリスクがある。
技術者・有資格者の確保が評価の核心
建設業M&Aで買い手が最も注目するのは、技術者の質と量だ。
建設業許可を維持するには、営業所ごとに専任技術者を配置する義務がある。1級建築施工管理技士、1級土木施工管理技士、建築士といった国家資格の保有者がいなければ、許可の要件を満たせない。
特定建設業許可の場合、要件はさらに厳しくなる。元請として4,500万円以上の下請契約を締結するには特定建設業許可が必要で、その許可には1級の国家資格者または一定の実務経験者の配置が求められる。
こうした有資格者は採用市場でも引く手あまただ。求人を出しても集まらない。だからこそ、資格者が在籍している建設会社には買い手がつきやすい。
デューデリジェンスでは以下の点が精査される。
- 専任技術者の資格種類と人数
- 各技術者の年齢構成と定年時期
- 技術者の雇用形態と勤続年数
- 監理技術者資格者証の有無
- 技術者が退職した場合の許可維持可能性
M&A後に技術者が離職すると、許可要件を満たせなくなるリスクがある。買収契約にキーマン条項を設け、一定期間の在籍を義務づけるケースが多い。前オーナーだけでなく、主要技術者のリテンション策もセットで設計すべきだろう。
入札参加資格と経営事項審査の引継ぎ
公共工事を受注している建設会社のM&Aでは、入札参加資格の引継ぎも重要な論点となる。
入札参加資格は、経営事項審査(経審)の結果に基づいて各自治体が審査・付与するもの。株式譲渡の場合、法人格が同一なので経審の結果や入札参加資格はそのまま引き継がれる。
一方、事業譲渡や合併の場合は再申請が必要になるケースがある。自治体によって取り扱いが異なるため、案件ごとに確認が欠かせない。
経審の総合評定値(P点)は、完成工事高、技術職員数、自己資本額、経営状況の4要素で算出される。M&A後に技術者が減ったり、工事実績が途切れたりすると、P点が下がって入札ランクが落ちる。公共工事比率の高い会社を買収する場合は、経審のスコアへの影響をシミュレーションしておく必要がある。
建設会社の売却相場と評価のポイント
中小建設会社のM&A相場は「時価純資産 + 営業利益の2年から5年分」が一般的な目安だ。
ただし、建設業は他業種と比べて評価に影響する変数が多い。以下の要素が上乗せ、または減額の材料になる。
評価を押し上げる要素
- 特定建設業許可の保有
- 1級資格者の在籍人数が多い
- 公共工事の安定した受注実績
- 経審のP点が高い
- 元請比率が高い
- 特定の工種に強みがある(耐震補強、再生エネルギー関連など)
評価を引き下げる要素
- 前オーナーへの依存度が高い
- 技術者の高齢化が著しい
- 下請比率が高く利益率が低い
- 工事未払金や瑕疵担保リスクが残っている
- 労災事故の履歴がある
特に注意すべきは「工事進行基準」と「工事損失引当金」の処理だ。建設業特有の会計処理が適切に行われているかどうかで、見かけの利益と実態が乖離していることがある。財務デューデリジェンスでは工事ごとの原価管理状況まで踏み込んで確認したい。
営業利益の倍率が2年と5年では大きな開きがある。この倍率を左右するのは、結局のところ「人」だ。技術者が豊富で定着率が高く、許可要件を長期的に維持できる会社ほど、高い倍率がつく。
建設業M&Aの実務上の注意点
建設業特有の実務論点をいくつか挙げる。
工事中案件の取り扱い。クロージング時点で進行中の工事がある場合、その工事の完了義務は誰が負うのか、瑕疵担保責任はどう引き継ぐのか、下請業者との契約関係はどうなるのか。これらを契約書で明確にしておかないと、引き渡し後にトラブルが発生する。
社会保険の加入状況。国土交通省は建設業の社会保険加入を強く推進しており、未加入業者には経審で減点措置がある。買収対象企業の社会保険加入状況と、未加入期間がある場合の遡及リスクは確認必須だ。
建設業退職金共済(建退共)。建設業界特有の退職金制度で、現場労働者の掛金が適切に積み立てられているかどうかを確認する。未納があれば、買収後に精算が必要になる。
下請法・建設業法のコンプライアンス。赤伝処理の適正性、支払い条件の適法性、一括下請けの有無など、建設業法上の違反リスクがないか、法務デューデリジェンスで洗い出す。
M&Aスキーム選択の判断基準
建設業M&Aでは、株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶかが最初の分岐点になる。
株式譲渡を推奨するケースは以下のとおり。
- 建設業許可をそのまま維持したい
- 入札参加資格や経審の実績を引き継ぎたい
- 取引先との契約関係を一括で承継したい
- 手続きを簡素に済ませたい
事業譲渡を選ぶケースは限定的だ。
- 不採算部門や簿外債務を切り離したい
- 特定の事業部門だけを取得したい
- 建設業許可の事前認可承継制度を活用できる
多くの場合、建設業のM&Aでは株式譲渡が第一選択肢となる。許可の継続性、入札資格の維持、契約関係の包括承継という3つのメリットが、事業譲渡の柔軟性を上回るからだ。
ただし、買い手としては簿外債務や偶発債務のリスクを株式譲渡で丸ごと引き受けることになる。表明保証条項と補償条項を丁寧に設計し、リスクヘッジを図ることが不可欠になる。
建設業M&A成功のために売り手がやるべき準備
売り手側が事前に準備しておくべきことを整理する。
技術者名簿の整備。在籍する技術者の資格一覧、経験年数、担当工種を一覧化しておく。買い手にとって最も価値のある情報であり、提示が早いほど交渉がスムーズに進む。
工事台帳の整理。過去3年から5年の完成工事高、工種別の実績、元請と下請の比率を明確にする。経審の申請書類がきちんと整理されていれば、そこから大半の情報は読み取れる。
属人的な関係の文書化。前オーナーの個人的な人脈で受注している案件、口約束で成立している取引条件、暗黙の了解で回している業務フローがあれば、可能な限り文書に落とす。これらが引き継がれないと、買収後に売上が急減するリスクがある。
社内体制の整備。ワンマン経営から組織経営への移行が進んでいる会社ほど、買い手からの評価は高い。工事管理をシステム化し、見積もりや発注のプロセスを標準化しておくと、統合後の移行がスムーズになる。
建設業のM&Aは、許可と人材という2つの制度的制約が絡むぶん、他業種より検討事項が多い。だからこそ、建設業の商慣習と法規制を理解した専門家の関与が成否を分ける。