ECサイトM&Aが個人に人気な理由
EC事業は、スモールM&Aの中で最も取引件数が多い業種の一つだ。理由はシンプルで、店舗がいらない、従業員がいなくても回せる、場所を選ばないという三拍子が揃っている。
BATONZやTRANBIの案件を見ると、EC関連は常時100件以上が掲載されている。価格帯も50万円程度の小規模なものから5,000万円超の案件まで幅広い。副業で買いたいサラリーマンから、既存事業とのシナジーを狙う法人まで、買い手の層も厚い。
ただし、ECサイトは一括りにできない。Shopifyストア、Amazon FBA、自社EC(独自ドメイン+カートシステム)では、評価の仕方もリスクもまるで違う。
ECサイトの基本的なバリュエーション
ECサイトの譲渡価格は年間営業利益の2〜4倍が基準だ。月の営業利益が40万円なら、40万円 x 12ヶ月 x 2〜4倍 = 960万〜1,920万円が目安になる。
ここでいう営業利益は、売上から仕入原価、広告費、プラットフォーム手数料、配送料、梱包材費、ツール利用料を差し引いた金額である。オーナーの人件費が含まれていない場合は、月20〜30万円程度を差し引いて実質利益を算出する必要がある。
倍率が2倍に近づくのは、以下のようなケースだ。
- 売上が横ばいまたは微減トレンド
- 広告費への依存度が高い(広告費比率30%以上)
- 単一プラットフォーム依存
- 商品点数が少なく、SKUの偏りが大きい
逆に4倍以上がつくのは、自社ブランドを持ち、リピーター比率が40%以上、年間成長率20%以上といった条件が揃った場合に限られる。
プラットフォーム別の評価と注意点
Shopifyストア
Shopifyストアのメリットは、管理画面のアクセス権を移行するだけで引き継ぎが完結する手軽さにある。ドメイン、決済設定、テーマのカスタマイズ、アプリ連携まで、ストアオーナーの変更で一括移行できる。
評価で重視されるのはリピーター率と顧客リストの質だ。Shopifyの管理画面から顧客データをエクスポートできるため、過去の購入回数、平均注文額、最終購入日を分析し、アクティブな顧客がどれだけいるかを確認する。メルマガの開封率やLINE公式アカウントの友だち数も資産として評価対象になる。
注意点は、テーマやアプリのカスタマイズが複雑すぎるケースだ。月額数万円のアプリを10個以上使っている場合、買収後にアプリ費用だけで利益が圧迫される。どのアプリが売上に直結しているかを見極め、不要なものを整理する余地があるかを検討したい。
Amazon FBA
Amazon FBAアカウントの売買は、規約上グレーな領域にある。Amazonはアカウントの譲渡を原則として認めていない。そのため、実務的には法人ごとの株式譲渡で対応するか、買い手が新規アカウントを開設して商品を再出品する形をとる。
FBAの評価で特に重要なのがレビュー資産だ。商品ページに蓄積された数百件のレビューは、新規出品では再現できない。星4.0以上、レビュー500件以上の商品を持つアカウントは、それだけで相応の価値がある。
一方で、Amazon依存のリスクは深刻に捉えるべきだろう。アカウント停止やカテゴリー規制の強化によって一夜にして売上がゼロになった事例は数多い。Amazon一本のEC事業を買う場合、倍率は2〜2.5倍に抑えるのが妥当である。
自社EC(独自ドメイン)
独自ドメインで運営する自社ECは、プラットフォームリスクが低い分、集客力の評価が重要になる。SEOでの流入比率、SNSフォロワー数、リスティング広告のCPA(顧客獲得単価)を細かく確認する。
自社ECで最も高く評価されるのは、オーガニック検索からの流入が売上の50%以上を占めるケースだ。広告を止めても売上が半分以上残るため、買い手にとってリスクが低い。
逆に、リスティング広告に売上の70%以上を依存している場合、広告費の高騰や競合参入で利益が吹き飛ぶリスクがある。この手の案件は、倍率2倍でも慎重に検討すべきだ。
在庫評価の実務
ECサイトM&Aで見落とされがちなのが在庫の評価だ。譲渡価格とは別に、在庫を買い取る必要があるケースが多い。
在庫評価の原則は仕入原価ベースだが、全ての在庫を原価で買い取るのは危険だ。商品によって回転率は大きく異なるため、以下の基準で評価を分ける。
| 在庫区分 | 評価基準 |
|---|---|
| 直近3ヶ月以内に販売実績あり | 仕入原価の100% |
| 3〜12ヶ月以内に販売実績あり | 仕入原価の70〜80% |
| 12〜24ヶ月間販売実績なし | 仕入原価の30〜50% |
| 24ヶ月以上販売実績なし | 原則ゼロ評価 |
季節商品やトレンド商品は特に注意が必要で、夏物を秋に買い取っても翌年まで売れない。食品や化粧品は消費期限・使用期限の確認も必須である。
在庫金額が500万円を超える案件では、実地棚卸を行って帳簿数量との差異を確認することを強く推奨する。帳簿上の在庫と倉庫の実在庫がずれているケースは想像以上に多い。
デューデリジェンスの要点
ECサイトのDDでは、財務数値に加えて以下の項目を重点的に確認する。
トラフィックの質と推移。Google Analyticsの直近12ヶ月分データを確認し、セッション数、直帰率、コンバージョン率の推移を見る。右肩下がりのトレンドなら、原因の特定が先だ。
広告アカウントの引き継ぎ。Google広告やMeta広告のアカウントは、過去の学習データが蓄積されている。新規アカウントで同じ成果を出すのは難しいため、広告アカウントごとの引き継ぎ可否を事前に確認する。
サプライチェーンの安定性。仕入先が中国の単一工場に依存している場合、工場の閉鎖や為替変動で仕入原価が跳ね上がるリスクがある。複数の仕入先を持っているか、代替調達は可能かを確認しておく。
商標権の帰属。ブランド名やロゴの商標登録がされていない、あるいは売り手個人の名義になっているケースがある。商標権の移転手続きを契約条件に含めることは必須だ。
ECサイトM&Aで成果を出す買い手の共通点
EC事業を買って成功している買い手には、共通するパターンがある。既存のEC事業を持っていて、2店舗目・3店舗目として買収するケースだ。
物流の統合、仕入先の共通化、広告ノウハウの横展開によって、単独運営よりもコスト効率が上がる。顧客リストのクロスセルで客単価を引き上げることも可能になるためだ。
初めてEC事業を買う個人にとっては、月の営業利益20〜30万円規模で、オーナーの稼働時間が月20時間以下の案件が無理なく始められるラインになる。まずはオペレーションを理解し、安定運営を3〜6ヶ月続けてから改善に着手するのが堅実な進め方だ。