赤字でも売れる会社は実在する
「うちは赤字だから売れないだろう」。そう思い込んでいる経営者は多いが、それは誤解だ。
赤字や債務超過の状態にある会社でも、M&Aが成立するケースは珍しくない。みつきコンサルティングの調査によると、赤字企業の約2割がM&Aによる会社売却を検討しているというデータもある。
もちろん、どんな赤字会社でも売れるわけではない。買い手がつくかどうかは、赤字の原因と、その会社が持つ「赤字以外の価値」にかかっている。
黒字企業のM&Aが「利益を買う」取引だとすれば、赤字企業のM&Aは「資産を買う」取引だ。ここでいう資産とは、財務諸表に載らない無形の資産を指す。
赤字・債務超過でもM&Aが成立する5つのパターン
買い手が赤字会社を買収する理由は、PL上の数字ではなく、その会社が持つ以下のような価値にある。
許認可。建設業許可、介護事業所の指定、産業廃棄物処理業の許可、旅館業の許可など、取得に時間とコストがかかる許認可を持っている会社は、赤字でも買い手がつく。新規に許認可を取得するより、許認可付きの会社を買ったほうが早いからだ。
人材・技術力。特定の技術を持つ職人やエンジニアが在籍している会社、独自の製造ノウハウを持つ会社は、人材獲得を目的とした買収対象になる。いわゆるアクハイヤーに近い発想だ。
顧客基盤。固定客を多数抱えている会社は、その顧客リスト自体に価値がある。赤字の原因が過剰投資やコスト管理の問題であれば、買い手が経営を立て直せば収益化できると判断されることがある。
立地・不動産。好立地に店舗や工場を構えている場合、その不動産の価値が会社の評価を支える。特に都市部の一等地に長期の賃貸借契約を持っている会社は、借地権や借家権に経済的な価値がある。
事業の補完性。買い手の既存事業とのシナジーが見込める場合、単体では赤字でも統合後に黒字化できるという見立てで買収が成立する。仕入れの統合、顧客の相互紹介、間接部門の統合によるコスト削減など、具体的なシナジーが描けるかどうかがポイントになる。
0円譲渡・1円譲渡の実態
赤字会社や債務超過企業のM&Aでは、「譲渡価格0円」や「1円」という取引が存在する。
これは投げ売りではなく、合理的な価格算定の結果だ。
時価純資産法で評価した場合、債務超過の会社は純資産がマイナスになる。営業権(のれん)を加算しても、全体の評価額がゼロ以下になることがある。この場合、株式の譲渡価格は0円となる。
ただし、0円で株式を譲渡するということは、買い手がその会社の負債をすべて引き受けるということでもある。額面は0円でも、実質的には「債務の引き受け」という対価を買い手が支払っている。
売り手にとってのメリットは、経営者の個人保証からの解放だ。中小企業の経営者は金融機関に対して個人保証を差し入れているケースが大半だが、M&Aに伴い個人保証の解除交渉が行われる。会社を手放す代わりに、個人の借金からも解放される。この点で、廃業よりもM&Aのほうが経営者にとって有利な選択となることが多い。
1円譲渡は税務上の理由で設定されることがある。0円だと「贈与」と認定されるリスクがあるため、形式的に1円の対価を設定する実務慣行だ。
事業譲渡で負債を切り離す方法
赤字会社のM&Aで最も多く使われるスキームが事業譲渡だ。
事業譲渡では、会社全体ではなく特定の事業や資産だけを買い手に売却する。負債は原則として売り手の法人に残る。買い手は欲しい事業だけを取得し、不要な債務や不採算部門は引き受けなくて済む。
売り手にとっても、収益性のある事業を売却することで現金が入り、その資金を債権者への弁済に充てることができる。
ただし、事業譲渡には注意点がある。
債権者の同意。事業の主要な資産を社外に移すことになるため、金融機関をはじめとする債権者の理解が必要だ。事前の説明なしに進めると、詐害行為として取り消される可能性がある。
適正価格での譲渡。時価を大幅に下回る価格で事業を譲渡すると、詐害行為取消権の対象となりうる。第三者の評価を入れ、適正な価格で取引されていることを立証できるようにしておく。
従業員の承継。事業譲渡では雇用関係が自動的に引き継がれない。従業員一人ひとりの同意を得て、買い手との間で新たな雇用契約を締結する必要がある。
契約関係の再締結。取引先との契約、賃貸借契約、リース契約なども個別に再締結が必要だ。相手方の同意が得られない場合、事業の継続に支障が出る。
第二会社方式による事業再生
事業譲渡をさらに一歩進めたスキームが「第二会社方式」だ。
第二会社方式とは、収益性のある事業(コア事業)を新設会社または既存の別会社に移転し、不採算事業や過大な債務を旧会社に残したうえで、旧会社を特別清算や破産手続きで処理する手法を指す。
具体的な流れはこうなる。
- コア事業を事業譲渡、会社分割、または新設分割で新会社に移す
- 新会社はコア事業の運営を継続する(従業員の雇用も維持)
- 旧会社は残った債務と不採算事業を抱えたまま、特別清算または破産手続きに入る
- 清算手続きの中で、事業譲渡の対価を債権者への配当に充てる
第二会社方式のメリットは、事業の継続性を確保しながら過剰債務を整理できる点にある。従業員の雇用を守り、取引先との関係を維持しつつ、財務的なリセットを図ることができる。
中小企業庁も第二会社方式を事業再生の有効な手法として位置づけており、中小企業再生支援協議会(現・中小企業活性化協議会)を通じた支援スキームも用意されている。
留意点は、旧会社の経営者は清算手続きの中で責任を負う場面があること。個人保証の処理は経営者保証ガイドラインに基づいて交渉されるが、完全に免除されるとは限らない。弁護士を交えた事前の整理が不可欠だ。
買い手にとっての赤字企業買収のメリット
赤字企業の買収には、買い手側にもメリットがある。
低い取得コスト。黒字企業の買収では営業利益の数年分の営業権が上乗せされるが、赤字企業なら0円から取得できる可能性がある。投資金額を抑えられるぶん、投資回収のハードルも低い。
許認可・人材の取得。先述のとおり、許認可の新規取得には時間がかかる。建設業許可なら数カ月、産廃処理業許可なら1年以上かかることもある。赤字でも許認可付きの会社を買えば、即座に事業を開始できる。
繰越欠損金の活用。赤字会社には税務上の繰越欠損金が蓄積されている。買収後に黒字化できれば、繰越欠損金と利益を相殺し、法人税の負担を軽減できる可能性がある。
ただし、繰越欠損金の活用には厳しい制限がある。2006年度の税制改正以降、M&Aによる繰越欠損金の利用には「特定資本関係」や「みなし共同事業要件」といった条件が課されている。節税目的のM&Aに対する国税庁の監視も厳しくなっており、安易に繰越欠損金をあてにした買収計画は危険だ。
具体的には以下の要件が問われる。
- 被合併法人の事業が合併後も継続されること
- 被合併法人の従業員のおおむね80%以上が引き続き従事すること
- 合併法人と被合併法人の事業に関連性があること
これらの要件を満たさない場合、繰越欠損金の使用が制限される。税務の専門家と連携した事前のスキーム設計が必須だ。
赤字会社の売却を成功させるための準備
赤字であっても、売却の可能性を高めるために売り手がやるべきことがある。
赤字の原因を特定し、説明できるようにする。一時的な要因(大型設備投資の減価償却、コロナ禍の需要減少など)で赤字になっているのか、構造的な問題(市場の縮小、競争力の喪失)なのかで、買い手の反応は変わる。原因が特定的で改善可能であるほど、買い手は前向きに検討する。
自社の無形資産を棚卸しする。許認可の一覧、技術者の資格リスト、主要顧客との取引年数、独自の製造工程や設備など、PLに載らない価値を見える化する。売り手自身が気づいていない価値を、M&A仲介会社やアドバイザーが発掘してくれることもある。
債務の全容を正確に把握する。簿外債務、偶発債務(訴訟リスク、保証債務など)を含め、負債の全容を正直に開示する。後から隠れた債務が発覚すると、取引が破談になるだけでなく、損害賠償請求に発展するケースもある。
早めに動く。資金繰りが完全に行き詰まってからでは、交渉の余地がなくなる。手元資金が半年分以上あるうちに、M&Aの検討を始めるべきだ。追い込まれてからでは、買い叩かれるか、そもそも買い手が見つからない。
赤字会社のM&Aで注意すべき法的リスク
最後に、赤字会社のM&Aに特有の法的リスクを整理する。
詐害行為リスク。債務超過の状態で、適正価格を下回る条件で資産や事業を第三者に譲渡すると、債権者から詐害行為取消権を行使される恐れがある。事業譲渡の価格については、外部の専門家による評価書を取得しておくことを強く推奨する。
否認権リスク。旧会社が事業譲渡後に破産手続きに入った場合、破産管財人から事業譲渡自体が否認される可能性がある。破産手続き開始前6カ月以内に行われた無償行為、著しく不当な対価での有償行為が否認の対象となる。
経営者の善管注意義務。債務超過の状態で経営判断を誤ると、取締役の善管注意義務違反に問われる可能性がある。M&Aの意思決定プロセスを議事録で残し、専門家の助言を得たうえで合理的な判断を行ったことを記録しておく。
赤字だからといってM&Aの選択肢を諦める必要はない。ただし、赤字会社のM&Aは黒字会社のそれよりもスキームの設計が複雑で、法的リスクも高い。弁護士、税理士、M&Aアドバイザーの3者を早期に巻き込み、実現可能な売却プランを組み立てることが、経営者としての最後の仕事になる。