飲食店M&Aの市場が動いている
飲食業界のM&A件数は2020年以降、明らかに増えている。コロナ禍で体力を削られた中小飲食店が売りに出る一方、副業や脱サラで飲食業に参入したい個人の買い手が増えた。BATONZやTRANBIで「飲食」と検索すれば、常時200件以上の案件が並んでいる。
ゼロから店を立ち上げるより、既存店舗を買ったほうが早い。そう考える人が増えるのは自然な流れだろう。ただし、飲食店のM&Aには業態ごとの特性がある。居酒屋とカフェとラーメン店では、評価の軸がまるで違う。
譲渡価格の相場感
飲食店のバリュエーションは月商の6〜12ヶ月分が基準になる。月商300万円の居酒屋であれば、1,800万〜3,600万円が目安だ。
この幅が大きい理由は、以下の要素で評価が変わるからである。
- 営業利益率(飲食店の平均は5〜10%だが、15%以上なら高評価)
- 立地と賃貸借契約の残存期間
- 居抜き物件として設備がそのまま使えるか
- ブランド認知度やリピーター比率
- 従業員の残留見込み
月商倍率は便利な指標だが、利益が出ていない店舗には使えない。赤字店舗の場合、造作譲渡(設備と内装の売却)だけで数十万〜200万円程度、というケースも珍しくない。
業態別の評価ポイント
居酒屋
居酒屋のM&Aで最も注目されるのは客単価と回転率のバランスだ。客単価3,000〜4,000円、1日2回転(ランチなし)で月商250万〜400万円のレンジが多い。
居酒屋は属人性が高い業態でもある。常連客がオーナーの人柄についている場合、オーナー交代でそのまま客足が遠のくリスクがある。買収後3ヶ月は前オーナーに週2〜3日でも店に立ってもらう交渉をすべきだ。
酒類販売免許の承継手続きも忘れてはならない。法人ごと買う場合は問題ないが、事業譲渡の場合は新たに免許を取得する必要がある。
カフェ
カフェは飲食業態の中でも利益率が低い。原価率は25〜30%程度に抑えられるが、客単価が800〜1,200円と低いため、回転率を上げなければ利益が残らない。月商150万円で営業利益10万円、というカフェは珍しくない。
そのため、カフェのM&Aでは立地のポテンシャルと賃料のバランスが評価の中心になる。駅徒歩3分以内で家賃20万円以下なら、業態転換も視野に入れた買収判断ができる。逆に、家賃が月商の15%を超えている店舗は要注意だ。
ラーメン店
ラーメン店は飲食M&Aの中でも人気業態の一つ。理由は明快で、客単価900〜1,200円と手頃ながら回転率が高く、1日50〜80食を安定して出せれば利益が出やすい構造にある。
ただし、味の再現性が最大のリスクになる。スープのレシピがオーナーの頭の中にしかなく、マニュアル化されていない店舗は多い。買収前にレシピの文書化と、調理スタッフへの技術移転が完了しているかを確認する必要がある。製麺機やスープの仕込み設備が自社保有かリースかも確認ポイントだ。
居抜き物件の評価方法
飲食店M&Aの特徴的な論点が居抜き物件の扱いである。新規出店で内装と厨房設備を揃えると、30坪の店舗で1,000万〜2,000万円はかかる。居抜きならこの初期投資を大幅に削減できるため、買い手にとっては大きなメリットとなる。
ただし、居抜き設備の評価は簿価や購入時の価格ではなく、現時点での使用可能年数で判断する。冷蔵庫、製氷機、食洗機など主要設備の製造年を確認し、耐用年数の残りを見積もる。5年以上経過した業務用冷蔵庫は、いつ壊れてもおかしくないと考えるべきだろう。
賃貸借契約の確認も必須だ。定期借家契約で残存期間が2年未満の場合、契約更新の保証がない。大家との関係性まで含めて確認しておきたい。
デューデリジェンスで見るべきポイント
飲食店M&Aのデューデリジェンスは、一般的な財務・法務DDに加えて、業態特有のチェック項目がある。
衛生管理と行政指導の履歴。保健所からの指導歴、食中毒の発生履歴は必ず確認する。過去に営業停止処分を受けていた場合、Googleマップの口コミに痕跡が残っていることもある。
Googleマップの評価。飲食店にとって口コミ評価は売上に直結する資産だ。星3.5以上、口コミ100件以上であれば集客力の証明になる。逆に星3.0未満の店舗は、買収後の立て直しに相当な労力を覚悟しなければならない。
仕入先との契約条件。長年の取引で特別な仕入価格を得ている場合、オーナー交代後も同条件が維持されるか確認が必要だ。個人の信用で成り立っている取引は、法人や別の個人に引き継げないことがある。
人件費の実態。飲食業界ではいまだに残業代の未払いが少なくない。タイムカードの記録と給与明細を突き合わせ、未払い残業代のリスクがないか精査する。ここを見落とすと、買収後に従業員から請求されて数百万円の支出が発生しかねない。
飲食店M&Aの成功と失敗を分けるもの
飲食店M&Aで最も多い失敗パターンは、買収後の従業員離職だ。飲食業界はただでさえ人手不足が深刻で、求人を出しても簡単に集まらない。オーナー交代を理由に料理長やベテランスタッフが辞めてしまうと、味の維持もオペレーションの維持もできなくなる。
対策は明確で、買収交渉の段階からキーパーソンとなるスタッフを特定し、直接面談の機会を設けること。給与や待遇の維持を明示し、可能であれば改善条件を提示する。引き継ぎ期間は最低3ヶ月、できれば6ヶ月を確保したい。
成功しやすいのは、すでに飲食業の経験があり、マルチ店舗展開を狙う買い手だ。仕入れの効率化、人材の融通、ブランドの横展開といったシナジーを出せるため、単独の個人買収よりも投資回収が早い。
飲食店のM&Aは数字だけで判断しにくい部分が多く、現場を見て、スタッフと話し、客として食べてみることが欠かせない。数値の確認とあわせて、足を使ったデューデリジェンスが結果を左右する。