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M&A交渉の進め方:売り手と信頼関係を築くコツ
スモールM&A入門

M&A交渉の進め方:売り手と信頼関係を築くコツ

10分

M&A交渉は「取引」ではなく「引き継ぎ」

M&Aの交渉というと、激しい値引き合戦をイメージするかもしれません。しかしスモールM&Aの現場は、大企業間の買収劇とはまったく異なります。

売り手の多くは、長年育ててきた事業を手放す決断をした中小企業の経営者や個人事業主です。彼らにとって事業は、自分の子どものような存在であることが少なくない。「いくらで売れるか」以上に「誰に引き継いでもらうか」を気にしている売り手は想像以上に多いのです。

この心理を理解しているかどうかで、交渉の進め方は大きく変わります。

トップ面談で信頼を勝ち取る

基本合意に至る前の最初の関門がトップ面談です。ここでの印象がその後の交渉全体を左右します。

やるべきこと

事前準備を徹底する: ノンネームシートと企業概要書(IM)を隅まで読み込んだ上で、質問リストを作成して臨む。「この人は本気で買う気がある」と売り手に伝わることが大切です。

自分の経歴と動機を正直に話す: なぜこの事業に興味を持ったのか、引き継いだ後にどう運営したいのかを具体的に伝えます。「御社の事業に将来性を感じました」のような曖昧な言い方ではなく、「自分のWebマーケティングの経験を活かして、既存顧客へのアプローチを強化したい」のように具体的に。

従業員や取引先への配慮を示す: 売り手が最も心配しているのは、引き継ぎ後に従業員が解雇されたり、取引先に迷惑がかかったりすることです。「現在の雇用条件を維持する」「引き継ぎ期間中に取引先へ丁寧に挨拶する」と伝えるだけで、売り手の安心感は格段に増します。

避けるべきこと

初回面談でいきなり値引きの話をしない: 事業の内容を十分に理解する前に「もう少し安くなりませんか」と切り出すのは逆効果です。売り手は「この人は事業ではなく値段にしか興味がない」と感じるでしょう。

上から目線で質問しない: 「なぜ売上が落ちているんですか」「この経費は何ですか」と追及調で聞くと、売り手は防御的になります。「売上の推移について教えていただけますか」「この経費の内訳を詳しくお聞きしたいです」と、教えてもらう姿勢で臨んでください。

他の案件と比較しない: 「別の案件はもっと安いんですが」と言うのは、売り手に対して失礼であり、交渉上も不利に働きます。

価格交渉の進め方

トップ面談で信頼関係を築いた後、価格交渉に入ります。

適正価格の算出

スモールM&Aでは、「年間営業利益(またはSDE) × 2〜4倍 + 純資産」が一般的な計算式です。SDE(Seller's Discretionary Earnings)とは、営業利益にオーナーの役員報酬と個人的な経費を足し戻した金額で、「新しいオーナーが手にできるキャッシュフロー」を意味します。

たとえばSDE 300万円の事業で、純資産が100万円の場合。

  • 控えめな評価: 300万 × 2 + 100万 = 700万円
  • 標準的な評価: 300万 × 3 + 100万 = 1,000万円
  • 強気な評価: 300万 × 4 + 100万 = 1,300万円

売り手は強気に近い価格を提示し、買い手は控えめな評価をベースに交渉するのが通常の流れです。

交渉で使える切り口

値引き交渉をする際、「高いので下げてください」では交渉になりません。根拠を持って減額を提案しましょう。

属人性リスクを指摘する: 「売上の40%がオーナー様の個人的な人脈に依存しているため、引き継ぎ後に一定の減少リスクがあります。その分を考慮して○○万円でいかがでしょうか」

設備投資の必要性を示す: 「現在の設備は老朽化しており、引き継ぎ後に○○万円の投資が必要になります。この分を譲渡価格から差し引く形で交渉させてください」

支払い条件で柔軟性を示す: 価格を下げる代わりに一括払いにする、もしくは価格を維持する代わりに分割払いにする、といったトレードオフを提案する方法もあります。

交渉を壊す3つの行動

スモールM&Aで交渉が決裂する原因は、価格の折り合いがつかないことだけではありません。

レスポンスが遅い: メールの返信に1週間かかる、資料の提出が遅れる。これだけで「本気で買う気がないのでは」と売り手は不安になります。特に売り手がプラットフォーム上で複数の買い手候補とやり取りしている場合、レスポンスの速さが選ばれるかどうかの分かれ目になることもあるのです。

条件を後出しで変える: 基本合意後に「やっぱり価格を下げてほしい」「この条件も追加したい」と次々に要求を変えると、信頼関係は一気に崩壊します。DDで新たな問題が見つかった場合を除き、合意した条件は守るのが原則です。

専門家を盾にして自分の意思を示さない: 「弁護士がダメだと言っている」「税理士がリスクがあると言っている」と専門家の意見を理由にして自分の判断を避ける人がいます。専門家の助言は重要ですが、最終的な判断と意思表示は買い手自身が行うべきです。

売り手を味方にする

スモールM&Aの成功は、クロージング後の引き継ぎ期間をどう過ごすかで決まります。売り手が協力的かどうかは、引き継ぎの質に直結する。

そして売り手が協力的になるかどうかは、交渉段階での信頼関係で決まるのです。

「この人に任せたい」と思ってもらえる買い手になること。それがスモールM&Aの交渉における最大の戦略です。厳しい価格交渉が必要な場面でも、相手の立場と感情を尊重する姿勢を忘れなければ、多くの売り手は最終的に歩み寄ってくれます。

交渉の成果は、数字の上だけでなく、その後の事業運営の質にも表れます。

よくある質問

売り手の希望価格が高すぎる場合、どう交渉すべきですか?
根拠を示して減額を提案するのが基本です。「高い」とだけ伝えても交渉は進みません。類似案件の成約価格、年間利益に対する倍率(マルチプル)、業界の標準的な評価方法を用いて、自分が提示する金額の妥当性を説明してください。感情的にならず、数字で語ることが大切です。
複数の案件を同時に交渉しても良いですか?
基本合意書(LOI)で独占交渉権を付与していない段階であれば、複数案件を並行して検討するのは問題ありません。ただし、LOI締結後は独占交渉が原則です。売り手に対しても誠実に対応し、進捗状況を適切に共有してください。
仲介会社を入れると交渉はスムーズになりますか?
仲介会社は交渉のファシリテーションに慣れているため、感情的な対立を防ぎやすいのは事実です。一方で、仲介会社は成約報酬で収益を得るため、買い手の利益を最優先にするとは限りません。1,000万円以下の案件であれば、仲介手数料の負担が大きいため、直接交渉の方がコスト面では有利です。
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