事業承継の相談先を知らない経営者が7割
中小企業庁の調査によると、事業承継に課題を感じている経営者のうち、約7割が具体的な相談先を持っていない。顧問税理士に漠然と相談する程度で、専門的な支援につながっていないケースが大半だ。
事業承継・引継ぎ支援センターは、そうした経営者のために国が設置した無料の公的相談窓口だ。全国47都道府県すべてに設置されており、親族内承継からM&Aまで、事業承継に関するあらゆる相談に対応する。
事業承継・引継ぎ支援センターの基本情報
事業承継・引継ぎ支援センターは、中小企業庁の委託を受けて独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する公的機関だ。各都道府県の商工会議所や産業支援機関内に設置されている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設置数 | 全国48ヶ所(47都道府県+全国本部) |
| 運営主体 | 独立行政法人中小企業基盤整備機構(委託先は各都道府県の商工団体等) |
| 費用 | 無料(相談料・マッチング手数料とも不要) |
| 対象 | 中小企業・小規模事業者・個人事業主 |
| 相談方法 | 来所・電話・オンライン |
2021年4月に、親族内承継を支援する「事業承継ネットワーク」と、第三者承継(M&A)を支援する「事業引継ぎ支援センター」が統合されて現在の形になった。親族内承継もM&Aもワンストップで相談できる体制が整っている。
相談できる5つの内容
1. 事業承継の方向性の整理
後継者が決まっていない経営者に対して、親族内承継・従業員承継・第三者承継のどれが最適かを一緒に検討する。事業の現状分析から始めて、承継の方針を明確にするところまでサポートしてくれる。
「誰に相談すればいいかわからない」という段階でも受け付けている。事業承継の相談窓口として、最初の一歩に最適だ。
2. 後継者人材バンクによるマッチング
後継者不在の中小企業と、事業を引き継いで起業したい個人をマッチングするサービスだ。経営者が引退したいが適任の後継者がいない場合、人材バンクに登録された起業志望者の中から候補を探せる。
起業志望者にとっても、ゼロから事業を立ち上げるよりリスクが低い。既存の設備、取引先、顧客、従業員、ノウハウをそのまま引き継げるためだ。
3. M&A案件のマッチング支援
売り手と買い手のマッチングを無料で行う。全国の支援センター間でネットワークがつながっているため、同一県内だけでなく他県の候補先とのマッチングも可能だ。
民間のM&A仲介会社と異なり、成約手数料がかからないか極めて低い。年商数百万円~数千万円の小規模案件で仲介手数料が割に合わない場合、センターの利用が合理的だ。
4. 経営者保証の解除支援
事業承継で最も厄介な問題の1つが経営者保証(個人保証)だ。先代の個人保証を後継者が引き継ぐことに抵抗があり、承継が進まないケースが多い。
支援センターでは経営者保証解除に向けた専門家支援を行っている。金融機関との交渉方法のアドバイスや、経営者保証ガイドラインに基づく保証解除の手続きを支援する。
5. 事業承継計画の策定支援
承継のスケジュール、株式の移転方法、税負担の試算、後継者教育の計画など、事業承継計画の策定を支援する。必要に応じて税理士、弁護士、中小企業診断士などの専門家を無料で派遣する制度も用意されている。
利用実績:年間23,000者が相談、成約は過去最多
支援センターの利用実績は年々増加している。
| 年度 | 相談者数 | 第三者承継成約件数 |
|---|---|---|
| 2022年度 | 約18,000者 | 1,681件 |
| 2023年度 | 約20,000者 | 2,023件 |
| 2024年度 | 23,000者超 | 2,132件(過去最多) |
2024年度の第三者承継成約は2,132件で過去最多を更新した。前年比105%の増加だ。開設以来の累計相談者数は15万者を超え、第三者承継の累計成約件数は12,306件に達している。
経営者の高齢化と後継者不足を背景に、相談件数・成約件数ともに右肩上がりが続いている。
利用の流れ:最初の相談から成約まで
ステップ1:電話またはWebで相談予約
最寄りの事業承継・引継ぎ支援センターに電話するか、Webサイトの問い合わせフォームから面談を予約する。事業承継ポータルサイト(https://shoukei.smrj.go.jp/)から各都道府県のセンターを検索できる。
ステップ2:初回面談(無料)
センターの相談員が事業の現状と経営者の意向をヒアリングする。後継者の有無、事業の規模・業種、希望する承継の時期などを整理し、最適な承継方法を提案する。
ステップ3:支援方針の決定
親族内承継なら事業承継計画の策定支援、後継者不在なら後継者人材バンクまたはM&Aマッチングへ進む。必要に応じて税理士や弁護士などの専門家を無料で派遣する。
ステップ4:マッチング(第三者承継の場合)
M&Aの場合は、センターが買い手候補を探してマッチングする。ノンネームシート(企業を特定しない概要資料)で候補先の関心を確認し、秘密保持契約を経て詳細情報を開示する流れだ。
ステップ5:条件交渉・成約
基本合意、デューデリジェンス、最終契約と進む。センターが交渉の仲介をするが、デューデリジェンスの実務は別途専門家に依頼する必要がある(費用は事業承継・M&A補助金の専門家活用枠で補助可能)。
他の事業承継相談先との比較
事業承継の相談先は支援センター以外にも存在する。それぞれの特徴を比較した。
| 相談先 | 費用 | 強み | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| 事業承継・引継ぎ支援センター | 無料 | 公的機関の信頼性、ワンストップ対応 | 初めての相談、小規模案件、後継者探し |
| 商工会議所・商工会 | 無料 | 地域密着、経営指導員による伴走支援 | 地域の事業者、親族内承継 |
| 顧問税理士 | 顧問料内 | 財務状況を熟知、税務対策 | 税金対策を重視する承継 |
| 弁護士 | 有料(相談30分5,000円~) | 法的リスクの精査、契約書作成 | 株主間紛争、法的論点が複雑な案件 |
| M&A仲介会社 | 最低500万円~(成功報酬) | 案件発掘力、交渉力、成約までの推進力 | 年商1億円以上のM&A、スピード重視 |
| M&Aプラットフォーム | 2~5%(成功報酬) | 案件数の多さ、コストの低さ | 自力で交渉できる経営者、IT系案件 |
推奨する使い方は、まず支援センターに相談して全体像を把握し、必要に応じて専門家やM&A仲介会社を紹介してもらうことだ。支援センターは特定の仲介会社への誘導をしないため、中立的なアドバイスが期待できる。
よくある相談事例
事例1:後継者がいない飲食店オーナー(60代)
「息子は会社員で継ぐ気がない。従業員にも適任者がいない。廃業するしかないのか。」
支援センターが後継者人材バンクの活用を提案。料理人として独立を目指していた30代の登録者とマッチングが成立し、6ヶ月の引継ぎ期間を経て事業を承継。従業員の雇用も維持された。
事例2:製造業の経営者(70代)が経営者保証で承継が進まない
「息子が承継を了承しているが、銀行の個人保証を引き継がせるのは忍びない。」
支援センターが経営者保証ガイドラインに基づく保証解除の手続きを支援。財務改善計画を策定し、金融機関と交渉した結果、後継者の個人保証なしで承継が成立した。
事例3:IT企業の経営者(50代)が早期に事業売却を検討
「体調の問題で5年以内に引退したい。年商3,000万円の小さな会社なので、仲介会社に頼むと手数料が高い。」
支援センターのM&Aマッチング支援を利用。同業のIT企業とのマッチングが成立し、株式譲渡で事業を引き継いだ。仲介手数料ゼロで成約。
支援センターを使う際の注意点
万能ではないことも理解しておきたい。
マッチングに時間がかかる場合がある。 民間のM&A仲介会社と比べると、マッチングのスピードは遅い傾向にある。急いで売却したい場合は、支援センターと民間サービスを並行利用するのが現実的だ。
大型案件は対象外になりやすい。 年商10億円を超えるような大型案件は、民間のM&A仲介会社やFA(ファイナンシャルアドバイザー)のほうが適切な候補先を見つけやすい。支援センターの強みは小規模~中規模案件にある。
自分で判断する力は必要。 無料で相談できるとはいえ、最終的な意思決定は経営者自身が行う。センターのアドバイスを鵜呑みにせず、複数の専門家の意見を聞いたうえで判断してほしい。
まとめ:事業承継の相談は支援センターから始める
事業承継を考え始めたら、最初の相談先は事業承継・引継ぎ支援センターを推奨する。無料・中立・ワンストップという条件がそろった公的機関は他にない。
2024年度は23,000者以上が相談し、第三者承継の成約は2,132件で過去最多を記録した。後継者不在で悩む経営者にとって、現実的かつ費用のかからない選択肢だ。
最寄りの支援センターは、事業承継ポータルサイト(https://shoukei.smrj.go.jp/)から検索できる。電話1本で予約可能なので、承継を考え始めた段階で一度相談してみてほしい。